2015年7月21日火曜日

24 Hours(a girl side)



 まだ早朝なのに、滝のように汗をかいた。給食の仕込みもひと段落して、そろそろ冷たいお茶が飲みたいなと思いながら熱いお茶を飲んでいたら、登校してきた子供たちの声がセミの声と共に聞こえてきた。今日も暑い一日になりそうだ。

 アーモンドは自分がつくった給食を子供達と一緒に食べたあと、午後の休みのことを考えながら深呼吸のようなため息をついた。普段は後片付けをしたり来週の献立を考えたりもするのだが、今日は大切な予定のため半年も前から休みにしていたのだった。しかしその予定が実現することはなくなり、アーモンドはそのことでひどく傷ついていた。極力思い出さないようにしていたはずなのに、やはり今日はどうしても思い出してしまう。心の中で舌打ちしてから1時間くらい昼寝もしてみたが、どうにも忘れられない。「辛い記憶は忘れるように人間の脳はできているのよ」と誰かが言っていた気もするけれど、それもどうやら今回は当てはまらないらしい。とはいえ、こんな気持ちのまませっかくの休みを過ごすのはあまりにも悔しい。少し歩こうと思い 、学校を出るとそのまま当てもなく歩き始めた。

 歩き始めるとすぐ、今日起きるはずだったことを考えた。忘れられるはずもなかったが、ある程度は思い出に変わっていることにも気がついた。歩いている間は何かを考えるか何も考えないかしかできない。そんな時間がアーモンドは好きだった。

 ヒイラギがいるイギリスは今ごろ朝だし、嫌がらせに電話でもしてやろうか。あいつは今日のことを覚えているのかな。何年かぶりに携帯電話の液晶画面に浮かんだ番号には、まだ見覚えが残っていた。迷う余地を自分に与えず発信ボタンを押してみる。着信音は鳴ったものの、ヒイラギは電話に出なかった。アーモンドはヒイラギが電話に出なかったことに少し安心したが、気がつくとTシャツの色が変わるくらい背中に汗をかいていた。

 ビールと共にコンビニから出ると、外の空気が少し変わってきていることに気がついた。全てが青い空気に染められる、昼と夜の境目だ。このままどこまででも行ける。そう思った矢先に見覚えのある道にたどり着いた。3ヶ月前に引っ越してきた部屋の近所まで戻ってきたのだった。どこをどう歩いて戻ってきたのか、よく思い出せない。

 帰宅して着替えるとすぐ、アーモンドはよく冷えた白ワインを冷蔵庫から出し、あり合わせのチーズと共にグラスで立て続けに2杯飲んだ。3杯目のグラスを片手にペペロンチーノを作り、4杯目のグラスと共にそのペペロンチーノを残さず食べた。日課である腕立て伏せをして熱いシャワーを浴びると、23時になっていた。

 そういえば、今夜は近所のクラブ「クロム」で友人のルドが暑気払いを企画していたはずだ。確か23時からだったけれど朝までやっているし、まだ行かなくてもいいだろう。ルドや友人には会いたいけど、会いたくないひとも何人か来ている可能性もあるし、何より人が多すぎて疲れそうで少しめんどくさい。もう少し本音が話せる自分と時間帯になってから遊びにいこう。行けなくてもそれはそれでしょうがないし。そんなことをぼんやり考えていると、もう午前2時になっていた。そろそろクロムに向かおうと外に出ると、昼間とはうって変わって心地いい夜風が、日焼けしたばかりの肌を優しく包んでくれた。

 ビールを片手に、わざと少し遠回りしてクロムに到着すると予想通りの満員御礼だった。ルドはアーモンドを見つけるなり「かんぱぁ~い!」とご機嫌な様子でグラスを運んできてくれた。グラスを干したアーモンドが周りを見渡すと、半分くらいの顔見知りに混ざって、久しぶりに会う友人の顔もちらほらと見つけられた。久々の友人のおかげで最初は話が弾んだが、1時間もすると人の多さにうんざりしたアーモンドは、そそくさと会場を後にしようと出口に向かっていった。いつ来ていつ帰ってもいいのが、夜遊びの一番いいところだ。帰り際にルドが「来週あたりにいつもの「ボン」で打ち上げやるから、よかったらおいでよ。こんなに人数いないから、ゆっくり飲めるし」と言ってくれた。ルドの洞察力にはいつも感心しきりだ。久々のボンも悪くない。


 午後3時過ぎくらいに帰宅してシャワーを浴びたあと、ふと気が付くとアーモンドはベッドの上に横たわっていた。窓の外からは今日も「それでは最後の曲です、聴いてください。Stars!」というお決まりのMCが聞こえてくる。明日も晴れたら、布団を干そう。

2015年7月20日月曜日

24 Hours(a boy side)


 いつもより少し頭が重い。ここはどこだっけ。そうだ、暑気払いの宴席を催した「クロム」だ。 昔は毎週末のように朝まで遊び倒したキキョウにも年齢の波が忍び寄り、最近はところ構わず倒れるように眠ってしまうことが増えた。明け方に自らの酒臭い息で目を覚ますと、ここが平和な日本でよかったと少しだけ感謝した。締めの挨拶はちゃんとできたんだっけ。楽しかったからまあいいか。

 クロムにはこの街では珍しいボウモアが置いてあり、キキョウはバニラアイスにボウモアをかけて食べるのが好きだった。 お土産にしてもらったボウモア・バニラを片手にクロムを出ると、真夏の朝日が全身を貫いた。朝日に照らされて薄れた携帯電話の液晶画面を見ると、まだ5時30分だ。キキョウは既に溶けはじめたボウモア・バニラをすすりながら、車道の中央線を平均台のように歩き始めた。

 帰宅するなり、各局が競って賑やかしている朝の情報番組をラジオ代わりにして熱いシャワーを浴び、コーヒーとパンを流し込んだ。NHKの連続テレビ小説を見終えるまでがキキョウの日課だ。どんなに酒を飲んでも、この日課を欠かしたことはない。しかし今朝は飲みすぎたせいか連続テレビ小説の途中で眠りに落ちてしまい、気付くと部屋に差し込む陽の光はオレンジ色になっていた。ちょっと寝すぎたかなと思いながらテレビのチャンネルを変えていくと、昔人気だったドラマが再放送されていた。確かマウンテン・ガールズとかいうタイトルだったはずだ。この時間帯によくある何話分かをまとめた再放送で、観るともなく見ているとあっという間に外は暗くなっていた。こうなったら今日はテレビを観ようと、バラエティ番組をあちこちザッピングしてみる。バラエティは何も考えなくていいのがいい。休日の夜にまでクイズ番組や心理戦でアタマを使うやつの気が知れないと、キキョウはいつも思うのだった。

  23時を過ぎてテレビにも飽きたころ、殆ど無意識にトレーニングウェアに着替え、スニーカーを履いて外に出た。朝の日課がコーヒーと連続テレビ小説なら、夜の日課はランニングだ。たっぷり2時間ほど近所を走ってアタマとカラダをからっぽにする。甘くて優しい熱帯夜の湿った空気がキキョウは好きだった。

 汗だくで帰宅するとそのままシャワーを浴び、 音を消したテレビ独特の気配を感じながらバドワイザーを飲んでいると、1通のメールが届いた。クロムでの暑気払いを共に企画した友人のルドからだ。「昨日は今朝まで楽しかったね。来週「ボン」で打ち上げやるからよろしく」と書いてあった。ボンはかねがね行ってみたかった飲み屋だ。「オッケー」と返事を出した。確か漬け物が絶品との噂だったはずだ。

 ふと時計を見ると午前2時になっていた。日中に寝すぎたせいか、全く眠くない。音のないテレビを消すと、部屋は全くの無音に包まれた。少しずつ今日と明日の境目に差し掛かってきている。ここ最近は少し無茶をして酒を飲んだせいか、胃の辺りが少し痛い。自分が荒れる理由をキキョウは知っていたが、この時間まで知らんぷりをしてきた。 バカみたいなことは午前3時に振り返って、向き合って、投げ出すのがいい。何年か前に止まってしまった時を動かしてくれるような誰かを、キキョウはずっと探していた。誰でもいいから自分を壊してほしいと、バカみたいに考えていた。

 明日の気配が濃くなった午前4時、冷蔵庫からギネスビールを持ってきて飲みはじめた。何年か前にボタンヅルのホームパーティに遊びに行ったとき「朝ご飯代わりに」と言って出してくれたギネスビールがやたら美味しくて、それからこの時間に飲むギネスビールが好きになった。ご飯をゆっくり噛むようにギネスビールを飲み干した午前5時、子守唄の代わりに曽我部恵一の「Stars」をかける。最近は毎日この時間にこの曲を聴いている。「見てよ 夜が明けるこの瞬間 空の なんて色」という歌詞を午前5時に重ねたい一心でパーティを企画したこともあった。来週のボンには、また青い靴を履いていこう。