2015年7月20日月曜日

24 Hours(a boy side)


 いつもより少し頭が重い。ここはどこだっけ。そうだ、暑気払いの宴席を催した「クロム」だ。 昔は毎週末のように朝まで遊び倒したキキョウにも年齢の波が忍び寄り、最近はところ構わず倒れるように眠ってしまうことが増えた。明け方に自らの酒臭い息で目を覚ますと、ここが平和な日本でよかったと少しだけ感謝した。締めの挨拶はちゃんとできたんだっけ。楽しかったからまあいいか。

 クロムにはこの街では珍しいボウモアが置いてあり、キキョウはバニラアイスにボウモアをかけて食べるのが好きだった。 お土産にしてもらったボウモア・バニラを片手にクロムを出ると、真夏の朝日が全身を貫いた。朝日に照らされて薄れた携帯電話の液晶画面を見ると、まだ5時30分だ。キキョウは既に溶けはじめたボウモア・バニラをすすりながら、車道の中央線を平均台のように歩き始めた。

 帰宅するなり、各局が競って賑やかしている朝の情報番組をラジオ代わりにして熱いシャワーを浴び、コーヒーとパンを流し込んだ。NHKの連続テレビ小説を見終えるまでがキキョウの日課だ。どんなに酒を飲んでも、この日課を欠かしたことはない。しかし今朝は飲みすぎたせいか連続テレビ小説の途中で眠りに落ちてしまい、気付くと部屋に差し込む陽の光はオレンジ色になっていた。ちょっと寝すぎたかなと思いながらテレビのチャンネルを変えていくと、昔人気だったドラマが再放送されていた。確かマウンテン・ガールズとかいうタイトルだったはずだ。この時間帯によくある何話分かをまとめた再放送で、観るともなく見ているとあっという間に外は暗くなっていた。こうなったら今日はテレビを観ようと、バラエティ番組をあちこちザッピングしてみる。バラエティは何も考えなくていいのがいい。休日の夜にまでクイズ番組や心理戦でアタマを使うやつの気が知れないと、キキョウはいつも思うのだった。

  23時を過ぎてテレビにも飽きたころ、殆ど無意識にトレーニングウェアに着替え、スニーカーを履いて外に出た。朝の日課がコーヒーと連続テレビ小説なら、夜の日課はランニングだ。たっぷり2時間ほど近所を走ってアタマとカラダをからっぽにする。甘くて優しい熱帯夜の湿った空気がキキョウは好きだった。

 汗だくで帰宅するとそのままシャワーを浴び、 音を消したテレビ独特の気配を感じながらバドワイザーを飲んでいると、1通のメールが届いた。クロムでの暑気払いを共に企画した友人のルドからだ。「昨日は今朝まで楽しかったね。来週「ボン」で打ち上げやるからよろしく」と書いてあった。ボンはかねがね行ってみたかった飲み屋だ。「オッケー」と返事を出した。確か漬け物が絶品との噂だったはずだ。

 ふと時計を見ると午前2時になっていた。日中に寝すぎたせいか、全く眠くない。音のないテレビを消すと、部屋は全くの無音に包まれた。少しずつ今日と明日の境目に差し掛かってきている。ここ最近は少し無茶をして酒を飲んだせいか、胃の辺りが少し痛い。自分が荒れる理由をキキョウは知っていたが、この時間まで知らんぷりをしてきた。 バカみたいなことは午前3時に振り返って、向き合って、投げ出すのがいい。何年か前に止まってしまった時を動かしてくれるような誰かを、キキョウはずっと探していた。誰でもいいから自分を壊してほしいと、バカみたいに考えていた。

 明日の気配が濃くなった午前4時、冷蔵庫からギネスビールを持ってきて飲みはじめた。何年か前にボタンヅルのホームパーティに遊びに行ったとき「朝ご飯代わりに」と言って出してくれたギネスビールがやたら美味しくて、それからこの時間に飲むギネスビールが好きになった。ご飯をゆっくり噛むようにギネスビールを飲み干した午前5時、子守唄の代わりに曽我部恵一の「Stars」をかける。最近は毎日この時間にこの曲を聴いている。「見てよ 夜が明けるこの瞬間 空の なんて色」という歌詞を午前5時に重ねたい一心でパーティを企画したこともあった。来週のボンには、また青い靴を履いていこう。

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